2007年05月05日

焚き火

日本を離れてから、特別の感も無くなった祭日「こどもの日」。それを理由に、午後から近所の方達が集まってくれた。特別メニューはないけれど、暑くなったので久しぶりに「冷やし中華」風。食材乏しき事情の中で、メニューはいつも〜風、、、

我が家にとっても、ほんとに久しぶりの「冷やし中華」風。量だけは十分準備。
外の暑さもタイミングよく、参加者にはよく売れた。デザートの寒天ゼリー。ゼラチンと違って、長く放置しても溶けないのが魅力。でも、すぐ売れた。

我が家はアルコール不用の家族。食べるものは作っても、アルコールの飲み物だけは気がつかないし、わからない。我が家の事情を知る方は、さすがに持参で来てくれるのでありがたい。

久しぶりに賑やかな日となった。皆でよく食べよく話し。楽しく歌ってよく笑った。とりあえず、「こどもの日」にちなんだ日。理由は何であれ、楽しい一日を過ごすことができた。

夜は、ラクバオーメル。全国あちこちで、焚き火で煙がもうもう。うっかり窓など開けられない。家の中に煙の臭いが染み込むからだ。でも、子供達にとっては楽しいひと時となる。

我が家の四男、夕方から燃やす焚き木を探しに出た。仲間と一緒にあちこち探し、工事現場で不用な焚き木を調達する。見つけた焚き木を燃やす場所まで運ぶのだ。楽しい時間を作るため、その準備をする若者達にとっては結構大変なのだ。


最近は祭日になっても、親はずいぶん楽になった。4人組が保育園や小学校時代の母親は、別々に焚き火をする4人のクラスに、時差をつけて走り回っていた。行く先々で、焚き火をしながら食べる仲間に参加した。

事前の準備も4人分それぞれ別々に。参加者全員が分担し、指定された食べ物を現地へ持参。そういえば、半ゆでのジャガイモ一人分3ケの割り当て分で合計12ヶ。1ヶづつをアルミに包む作業も、子供達とよくやった。焚き火の中に放り込み、焼けたジャガイモの味も美味しかった。

4人がそれぞれ違う場所。夜、馴れない道を移動するエネルギー。幼い四男のクラスから始まって、長男、次男の場所を探す。近い海辺ならまだいいが、三男のクラスだけはなぜか、いつも遠い場所でやっていた。

最後に現地に到達する時には、ほとんど食べ物はなくなっていた。でも、参加することに意義あり、、、と。

他の家族と同じように、自分の母親の参加を今か今かと待ちわびている三男。その顔を思い浮かべながら、必死に現地に向かっていた。母親の姿を見つけた時のあの嬉しそうな顔。それを見たとたん、疲れなんて吹っ飛んだ。


「他の家族と同じように、、、」
子供達にとっては、何か行事があるたびにとても大切なことだった。子供4人に母親一人。違う場所に4ヶ所移動。体は一つしかないのよねえ〜。

ここイスラエルに来た年から、毎年同じ移動を繰り返していた数年間。何年、続いた事だろう。ラクバオーメルの焚き火を求めて、4人の場所を探して夜遅くまで。よく歩き続けていたものだ。

4人目の場所を見つけるまでは、途中であきらめられない事情もあった。

一人にやったら、他の3人も同じ事。
「平等」こそが、子育ての基本。

当時の母親のその精神。自分の気持ちに一生懸命「焚き火」をしていたものだ。

その後、だんだんと自立を始めた子供達。我が家の若者達、中学生になってからそれぞれの仲間同士でやっている。母親の出番も、なくなった。

今日は、ラクバオーメルの焚き火の日。今となっては懐かしさだけ。外に出る気力も特別ない。子供達が出た後に、家の中でゆっくりできるのもいいものだ。

でもこれからは、、、
どんな形でもいい、母親自身の心の「焚き火」を忘れないよう。

いつまでも、燃え尽きない気持ちだけは持ち続けたい、、、

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