大きな誕生日プレゼント
昨夜から、友達宅に「お泊まり」の四男。休み続きで、ゆっくりできるのは今のうち。今のうちに友達と楽しむのも悪くない。三男も昨日、仲間達と海に出かけ、帰宅は真夜中。しごきの練習も目の前なので、その前に。いつもはゆっくりの四男が、予想外の早めに帰宅した、、。
昨夜の友達宅でのクーラー。あまりに冷え過ぎ、体調を崩したらしい。掃除機のゴミパック交換用が切れ、次男が買いに走ってくれたが在庫なし。しばらく床の掃除機が掛けられない。でも、家の中の窓は全開放。内外からのホコリがとにかくたまる。
数日前、友達の誕生日に出かけた三男。その友達の誕生日プレゼントが話題になった。その友達は、車の免許を取得済み。でも、両親がそれぞれ所有の高級車。それを運転する許可が出ないそうだ。車の保険料が息子のために、新たに掛けるには高額過ぎるのがその理由。
早めに免許を取得した友達。車に乗れないまま時間が経った。そして突然朗報が。誕生日のプレゼントに、自分の車を買ってもらうことになったそうだ。その話をしている三男は誇らしげ。でも、その話にビックリしたのはこの私。何でそんなことをするの〜
母親の意外な反応を、不思議に思う三男だ。「いいじゃない!」
「そんなことをするから子供は自立しないのよ!」
「何で?」と解せない様子の三男だ。
「せっかく免許を持っているのに、使えないのはもったいないじゃない」
自分の母親は、絶対に買ってくれないであろう高価な車をプレゼントされるなんてすごい!と思っている三男のよう。
裕福な家庭の子が結構多い三男の友達。日常的な付き合いは問題ない。でも、生活レベルは我が家と格段に違うのはよくわかる。でもそれが、三男の友達関係には日常的には響いていないのは救われる。ただ、、、
家庭の金銭感覚は、我が家と全然違う。十分なお小遣いと与えられるものも違っている。その事自体は、特に問題にはならないが。
我が家は我が家、他は他。
子供達はそれはよくわかっている。でも時々、常識を超えた現実に考えさせられる事がある。
特別な理由がない限り、子供達には定期的なお小遣いをあげていない我が家。誕生日のプレゼント、母親のプレゼントはめったに行かないレストランの食事。兄弟同士で、ささやかなプレゼントを与え合う。高価なものでなくても、それなりに相手の喜びそうなものを考える。
限られた予算の中で、お金を出し合い、知恵を絞って考えるプレゼント。結構、奇抜なアイデアになることもある。大きな誕生パーティーより、家族で静かに誕生日を噛みしめながらのひと時となる。
私は、人に対して「気は心」。大きなことはできないが、自分で出来るもの。相手に気持ちを伝える努力はすることを大切にしているつもり。
今の我が家、「気持ち」は十分あるが余分な「お金」はない。でもきっと、お金は十分あったとしても、子供達には高価なプレゼントはしないであろう。
人に喜びを与える事は、お金や物だけではないことを我が家の4人組は知っている。
毎年の母親の誕生日には、手作りのCDや写真集。高価なものではないが、心はとても「贅沢」になる。
念のため、四男に訊いてみた。
「誕生日のプレゼントに車をもらったら嬉しい?」返事はすぐ返る。
「まあ、もらう可能性は全くないが、たとえ車があったとしても欲しいとは思わない」
「何で?」
「僕は、自分の人生は自分の手でデザインをしたいから」
「自分で少しずつ築いていく自分の人生、その「過程」を楽しむのが人生だから」
「自分の欲しい物は、自分の手で、頭を使い、そのためにはどうするか」
「自分で何もせず、人からもらって喜んでいるだけの人生なんて面白くないし、、、」
「勉強も仕事も、遊びも、「自分の意志」でやり、それを実感できるから面白い」
16才の四男、結構自立し、彼なりの人生観を持っている。それだけ自覚していれば、親の方から特別多くを語らなくてもいい。
夕方、ハンドボールの練習に出た三男。
まもなく帰宅したと思ったら、今日の練習予定はドタキャンだ。
明日の試合を控えていても、事前に連絡はあってもいい。
相変わらず、馴れないこの手のシステム
何かあった時、その現実をどう受け止めるか。
この国の社会との温度調節のコツを学んでいくのも修行の一つ。
何事もまともに受け止めたら、イライラばかりで寿命が縮む。。
社会に自分を合わせようとしたらストレスばかり。
その逆を学べば、気も楽だ。
自分の中に、この社会の現実を「どう取り入れる」かを考える。
Posted by ka1003 at 23:08
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それでもまともに受け入れてしまう日本人・・・
その逆を学ぼうとは思っているもののやっぱり生まれ育った環境って大きいですよね。
しょうがない、しょうがないと最近は思うようになって少しは自分の気持ちが楽にはなりましたが、根本的な問題はきっと解決するのは無理なのかなぁと思うのですが・・・
日本人のいいところを残してイスラエル人化しようと最近しています。