わかりやすい傷
久しぶりの登校日。四男一人だけになった我が家。昨夜の就寝が遅かった。でも、今朝は余裕で家を出た四男。長い休み明けの9時間授業はさすがに疲労。いやそれ以上に大変だったのは空腹だ。帰宅時まで持たせるのが、ほんとに辛かった〜
コンピューターの前に座り続け、画面凝視で実感するのは視力の衰え。コレではまずいと、目の癒しを心がけ。早朝のウオーキング。コンタクトレンズをつけないで、そのまま裸眼で外に出る。
意識しながら遠くを見つめ、歩きながら景色も変化。凝視の必要もなく、緑の景色で目も癒される。これって、結構視力の訓練になるそうだ。早朝の1日始動の前のウオーキング。夜とはまた違う目的がある、、、
それにしても、コンタクトレンズとの付き合いも長い私。メガネ不要のありがたさ。ずっと痛感していたが、周囲の老眼兆候も気になり始め。自分にも老眼鏡が必要になる時が来る。覚悟をしながら、その時期が訪れるのを待っている。でも、いまだにその兆候が出てこない。
いつまでたっても裸眼で文字が読める不思議さもある。たっぷり睡眠をとった後、時々コンタクトレンズの事など忘れるほど不便はない。もしかして、このまま近視もなくなり、正常な視力に戻るのかしら、、、。
目が見え過ぎるほどの次男の視力。視力の復活は訓練次第とのアドバイス。できるだけ、遠くを見ながら目を癒す。それならば、、、と、ウオーキングタイムを夜から朝に切り替えた。確かに気分は癒される。でも、それが視力のせいかどうかはわからない。しばらく、続けてみる事にする。
三男のハンドボールの練習もようやく再開。練習後の汗臭い着替えが洗濯場に出始めた。でもなぜか、以前よりグッと減った洗濯の量。おまけに、何枚も着替えの必要な練習着。最近、全く見ていない。あれは一体、どこにあるの、、、
今年から、練習は大人のチームで始まった。以前の所属先は、ユースのチームだった三男。待遇が全然違うので、ビックリもする。今までは自分のものは自分で管理するのが当たり前。
でも今は、練習に必要なものはチームで管理。練習後の汗臭いシャツなどは、脱ぎ捨てて全てそこで洗濯し、次の練習まで揃えてくれる。練習後のシャワーも自由に使用可。帰宅時の汗臭さはなくなった。
以前と違い、自宅で洗濯不要の練習着。持ち帰りの荷物がほとんどなくなった。タオルなどの自分の所有物のみだけなので、大きなバッグも不要になった。
ユースのチームと大きく変わったのといえば、選手の体格と自覚が全然違うようである。時間厳守。練習の甘さもなくなった。大きく変わったチームの雰囲気。ユースにいても小柄な三男。それでも、ずっとエースで通した彼である。試合出場は常連だった。でも今度、、
大人のチームで、本格的に始まった練習。これからの試合は、ベンチ組から始まることになる可能性。高校時代から誘われていた大人のチーム。学業優先で、本格的な練習まで参加せず。
高校を卒業し、ようやく本格的に参加し始めた大人のチーム。今までとは、選手の自覚が全然違う。時間が経つほどに、実感してくる事だろう。
三男にとっては、今後の進路の節目の一つ。どう受け止めるかは本人次第。精神的には、大きく鍛えられる事だろう。
我が家の事情も、だんだん変わる。日本滞在中の長男、試験勉強をまた始めた次男、大人のチームに参加し始めた三男、我が家で登校するのは、四男一人になった。
2年後、4人それぞれが、自分の道を見つけて進んでいる事だろう。
どんな方向に歩いているのか楽しみもある。
子供達のことだけ、言ってはいられぬ母親もいる。
何をするにも、まず体力だ。
ウオーキングができるうちは、続けたいもの。
でも今朝は、思わずジョギング中に転倒した。
公園内の通路、コンクリートの破片が飛び出ていたのに気がつかず。
つまづいてアッ〜、、、一瞬、どう転んだかは覚えていない。
気がつくと、周囲のウオーキングのおばさん数人、あわてて手をかけてくれたのに気がついた。思わず愛想笑いをしながら、「ありがとう!」と言う余裕の自分。
長袖長ズボンでいたお陰で、転んだ傷が浅くて済んだ。
そして、転んだ拍子に手を出して、顔に傷をつけなかったのが幸運だ。
自分の運動神経もまんざらでもない、、、と、ホッとしたのはいいが、、、
肘や足についたスリ傷が、自宅にたどり着くまで身に染みる、、
何もなかったように、普通に歩いていた私。
でも実は、、、
そりゃ〜痛いのなんのって、、、
人の傷は色々あるが、生傷の痛みはわかりやすい
それに比べて、、、
心の傷は、、なかなか見えないものである。
Posted by ka1003 at 22:09
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