2007年10月18日

家族の絆

日常の小さなストレスがたまってくると、その発散場所の矛先が家の中。何がどうしてか、時々わからなくなることがある。子供達の予定がそれぞれバラバラなのはよくわかるけど、、、。

共同生活の中では、家族一緒にやるべきこともたまにある。
意図的に合わせている1日1回の食事の時間。我が家では、唯一家族全員顔を合わせているのが昼食時間。

お互いの事情を話しながら家族が共有できる時間帯なのだ。今日の次男、何を思ったか突然自分一人で食事を始め、そのペースにこちらの予定がついていかず。

他の子供達も、それぞれ自分で準備を始め、結局それぞれの空腹時間もまたバラバラに。今日1日は、いつも誰かが食事をしている家の中。何となく落ち着かずの日であった。

毎日の生活時間帯の違う5人家族。意図的に一緒の時間を作らない限り、家族で一緒に顔を合わせ、会話をする機会もなくなってくる。それぞれが自分の都合に合わせて別行動。同じ家の中にいて、こんな生活が毎日続くとどうなるか。お互いの気持ちがズレ始め、意志疎通が図れなくなる。

それを主張する母親も、時々自己反省もすることも。家族が一緒に顔を合わせ、会話をする時間。我が家はそれが遅めの昼食時間になっている。毎日の小さな努力を積み重ね、家族の相互理解と絆を深める時間帯。ずっと続けてきたことだけど、だんだんとそれも難しくなってきた。

子供達の成長と共に、家族が共有できる時間もなくなってきた現実を実感する。

夜、次男が訳してくれた古い手紙。夫が初めて日本を訪ねた時、その印象を記した手紙をイスラエルの家族に送っていたものだ。20年以上も前になるが、義母が大切に保管していたものをコピーをしてくれた。

初めての日本、目にする何もかもが刺激的だった当時の夫。毎日の感動や印象など、手紙の中に細やかに表現されている。当時の彼の様子が目に浮かぶ。今まで知らなかった夫や父親の新しい一面を思いがけなく知る機会になった。思いがけず、それを次男と共有する事ができたのは嬉しかった。


家族の絆の大切さ。
わかっているようでわからない。

同じ家の中で、ただ同居するだけでは深まらない。
お互いが日常的に小さな努力を積み重ね、共有できるものを育んでいく。

それを大切にする家族の中に、お互いを理解し、尊重し、尊敬の気持ちが生まれてくるものである。

毎日の生活を時々振り返りながら、「家族の絆」を深めるための小さな努力とその大切さを「自覚」する。


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